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連載コラム『ティーブレイク』(17)

2024.03.05 技術研究、コラム

連載コラム『ティーブレイク』(17)

 

科学の進歩と安全

 

 学生時代に海底火山研究の第一人者である、小坂丈予先生からこんな話を聞いた。
 先生が若かりし時、伊豆諸島のある海域で海底火山が爆発したとの情報を得て、海上保安庁の船に乗り組み現場に向かう予定であったのが、何らかの手違いで乗り損ねてしまった。その乗り損ねた船は、現場海域で調査中に海底火山の爆発に巻き込まれ遭難沈没、乗組員全員が帰らぬ人となってしまった。恐らく、海底火山調査の絶好の機会ということで、調査に一生懸命になるあまり、海底火山の真上の海域に入り込んでしまったのではないかと思われる。先生は、正に九死に一生の経験をされたことになるのであろうが、あまりに多くの仲間を、尊い命を失ってしまったことの重大さにいたたまれなかったが、この経験がその後一生を海底火山の研究に携わるきっかけとなり、またそれを続けていく為の励ましになったとのことであった。

 先生は、その後の研究で海底火山活動に伴う変色海域の色調から海底火山活動の評価方法の確立や化学的手法による噴火の予知研究などに心血を注がれ、多くの功績を残された。
 今現在も、小笠原諸島の海域では海底火山活動が活発で西ノ島新島の出現などがあり、多くの科学者が海底火山だけでなく、新島における海域・陸域の生物調査研究などに取り組んでいるが、これもかつて大きな犠牲を払う中で得た先生の研究の成果が引継がれているのではないだろうか。

 「失敗なき成功は無い」という類の言葉は、いろいろな偉人が口にしており、「けがを怖れる人は大工にはなれない」とか、「失敗をこわがる人は科学者にはなれない」という話(物理学者である寺田寅彦の名言とも言われている)もよく耳にする。確かに、先程の小坂先生の話は尊い犠牲の上に科学の進歩があるということになるのかもしれないが、怪我をすることなく、命を落とすことなく、仕事を遂行することは大切である。

 我々の業界でも、初めて手にするような試料(原材料、製品など)の分析を行う際に、SDS(安全データシート)を確認しながら作業を進めることがある。挑戦しない限り、結果は出てこないから、失敗しながら作業を進めることになるが、安全には十分に注意して作業を行う必要がある。爆発で怪我したり、死亡事故を起こしたりしては元も子もない。

 4月には、新入社員を迎える組織も多いと思うが、科学の進歩の話とともに、安全に留意しつつ、失敗を恐れない姿勢を持つ大切さをしっかり教えていく必要があるのではないだろうか。

 2024年3月5日  TTC参事  菊谷 彰